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「何もしない完璧主義者」が挑戦するには?

怯える猫の写真

何かを始めたいのに、怖くてなかなか取り掛かれない。
失敗するのが怖い。

ともすれば「甘え」と言われてしまうこんな悩み、みなさんにはないだろうか?

これは一概に「甘え」で片付けられない、と私は思う。
何故かと言うと、甘ちゃんだった若造の私は向こう見ずなチャレンジャーだったからだ。ところが成長し知恵がつくにつれ、挑戦を尻込みするようになった。

それと同じで、失敗を恐れる人は何かしらの思い込みにより、ブレーキがかかってしまっているのではないかと思うのだ。

才能に注目しすぎると、失敗を恐れるようになる

スタンフォード大学のCarol Dweck博士は、生徒をグループに分け、一方は才能を褒め、他方は努力を褒めて彼らの成績を研究した。(*1)

博士によれば、才能ばかり褒めると、才能は固定のものだと考えるようになり、挑戦を避けたり虚勢を張るようになるのに対し、努力を褒められると、挑戦を楽しみ失敗しても立ち直りやすいのだそうな。

思うに、才能や美人、頭脳明晰、そんな完璧なイメージに縛られすぎると、それ以外の価値を認められなくなるんじゃないかな。

だから失敗を「ダメなもの」と思い込んで恐れたり、最初から諦めたりしてしまうんじゃないだろうか。

失敗を楽しみ、努力に目を向ける

急に失敗を楽しめと言われても、難しい話である。長年、才能はすごい、失敗はダメ、などとやってきたクセが染み付いてるのだから。

じゃぁ、その逆をやってみたらどうだろう。才能より努力に注目したり、残念なもの、失敗などの良い所を見つけるトレーニングをするのだ。

「また80点だった、100点取れないのは才能ないのかな」→「2回連続で80点が取れたぞ、もう少し努力すればどうかな」

「俺ってメタボだしもうだめだ〜」→「お日様もぽかぽかだし、いい公園を見つけちゃった。髪もふさふさだし、頭髪マッサージでもしようなぁ〜」

「あの人なんて美人なんだろう」→「あの人は毎日お洒落やお手入れを頑張ってるなぁ」

すみません、なんかいい例が思い浮かばなかったけど、続けてると結構効果あるでこれ。

あと、失敗を面白おかしく話すクセをつけるのも、いいかもしんない。探してみたら、結構たいした失敗ってしてないもんなんだ。

失敗は、思ってるほど悪くない

私はある日、仕事で大きな失敗をして会社に行きたくなかった。上司からは怒りのメール、同僚からも白い目で見られているのが分かり、いたたまれなかった。

ため息を付きながら電車に乗ったが、電車に揺られてるうちにこう考えた。

そうだ!最悪の場合でも、せいぜいダメなやつだと思われるくらいだ。この失敗から学んだ事を報告して、次の仕事で絶対取り返そう。時間はかかるかもしれないけど、頑張れば分かってくれるハズだ。

そうしたら、スーッと気持ちが楽になり、めげずに迅速に対応したことで周りの評価は以前よりもぐんと良くなった。

失敗は、実は自分が思ってるほど大したことじゃない場合が多い。そして、失敗にはチャンスやヒントが隠されているのだ。

最後に、尻込みしたっていいじゃないか

最初に書いたように、私は若い頃向こう見ずだった。そのおかげで、物怖じせずいろんなことに挑戦できもしたが、死にかけたり、回り道をしたり、無駄な事もいっぱいしてしまった。

失敗を楽しむ方法は知っておいてもいいと思うが、果敢に挑戦することだけが人生じゃないと思う。

回り道をせず、石橋を叩きながら堅実に生きるのも、それはそれで立派な生き方だと思うのである。

Fixed vs. Growth: The Two Basic Mindsets That Shape Our Lives – Brain Pickings

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